革命的労働者党建設をめざす解放派全国協議会(仮称)へ結集せよ!
呼びかけ 革命的労働者党建設をめざす解放派全国協議会(仮称)準備会

(一)

 日夜、職場・地区・各戦線で奮闘されている労働者・人民のみなさん! 解放派友人諸君!
 真実の共産主義的原則を血肉化した労働者の党をめざし格闘した解放派故に、出発点から宗派主義(スターリニズム)と決別した地平を追求してきた。だが、この解放派の中から、宗派主義的政治グループを生みだしてしまった。このことは深刻な総括を不可避としてきた。
 我々解放派は、全プロレタリアートの利益にとって必要な闘争を断固として、徹底的に呼びかけ、だが、その闘いの中で、プロレタリアート自身が闘いの主人公であることを一瞬たりとも忘れず、それを貫徹することこそ共産主義=革命的マルクス主義の魂でなければならないという六〇年安保の総括から出発し、六〇年代から七〇年代の階級闘争を最先頭で闘ってきた。そして、六九〜七〇の階級闘争によって切り拓いた七〇年代を「戦後第二の革命期」として把え、その革命期の攻防としてあらゆる社会闘争−政治闘争を闘いぬく努力をなし、「革命期」の組織路線−戦略路線を確定すべく奮闘した。
 この格闘は、同時に、反革命的宗派革マル派との組織攻防戦を引き起してきた。すなわち大衆闘争の高揚に恐怖する革マル派が、総評青年協や早大の大衆闘争の場面でしばしば敵対−戒厳令を張りめぐらせんとすることに対し、我々解放派は必然的な闘いとして闘いぬいた。
 しかし、七七年二月十一日同志中原の虐殺を許してしまったこと、また、その報復が階級的総力戦なきテロルヘと一面化してしまい、真に革マル派を解体一掃していく路線を原則的推進できなかったことが、解放派潮流メンバーのみならず、多くのプロレタリアート人民に、解放派への失望を与えてしまった。
 そして又、七七年宗派革マルによる同志中原虐殺の真相究明(いわゆるヨーロッパ問題)をめぐり、事実に反して同志をスパイに仕立てあげ組織制圧をはからんとした動きと、七八年十月東京・目黒上映実行委員会の差別ビラ執筆と配布の全組織をあげての自己批判−実践的克服への路(風車差別事件の自己批判の闘い)をとるのではなくて、差別問題を政治利用することによって組織制圧をはからんとした問題は、これまでの解放派の共通の確信をゆるがし、革労協−社青同−解放派潮流組織への決定的打撃となってしまった。
 戦闘的労働者・人民のみなさん! 解放派同志諸君!我々は、この間、解放派の出発点までさかのぼる反省・討論を行い、解放派の再生・再建の努力を積み重ねてきた。革命的労働者党建設をめざす協議と共同行動に今こそ戦闘的プロレタリアート・人民の一人一人の力を結集させる時であると考える。だからこそ、全国の同志に革命的労働者党建設をめざす解放派全国協議会(仮称)への結集を呼びかける。我々が積み重ねてきた解放派の再生・再建の努力の一定の成果として「革命的労働者党建設をめざす解放派全国協議会(仮称)討議議案」(別紙)を提起する次第である。

(二)

 戦闘的労働者・人民のみなさん! 解放派同志諸君!
 八○年代中期〜後期階級闘争はいかなる構造をもち、またそれにプロレタリアートが勝利するために、何をなさねばならないのか。
 @一九七五年四・三〇ベトナム革命、あるいは八○年代階級闘争を予見することとなった一九七九年のイラン革命や韓国朴暗殺クーデター、ソ連のアフガン侵攻をひきついだ、八○年代国際階級闘争は、戦後世界体制をドラスチックに解体しながら、戦後世界体制確立における革命と反革命の対抗の転化された均衡点たる欧州(ポーランド)、中東(パレスチナ、イラン)、朝鮮において拡大し、それにとどまらず中南米、アフリカにおいてもひろがりを見せている。米帝を軸とする「先進」帝国主義は、「小さくかつ強い政府」をめざし、「国家的再生」を追求し、帝国主義の反革命協調を、安保−NATOを中心に強化しながら、全世界プロレタリア革命圧殺のための国際反革命戦争へ突き進まんとしている。労働者階級の革命的決起に身構えた反革命を唯一の協調点としたサミットは、八四年で十回目をむかえたが、「先進国」に共通する低成長→産業合理化→失業増大→反対闘争激化→経済への打撃→失業の増大という悪循環を生み、この解決策のない経済政策が、政治不安を生み、前述した米帝を軸とした反革命戦略−欧州各地や日本への核配備が行われ、それをめぐる闘いとも重って、階級闘争を激化せしめてきている。また、人権の抑圧、環境の破壊、人間性の喪失をめぐる闘いも前面に出てきている。今日、一分間に世界で約三億円の軍事費が使われ、一方同じ一分間に三〇人の子供が食糧やワクチン不足のため死んでいるという。「後進国」では、輸入減、賃金抑制、インフレの「緊縮政策」の中で、人民に“死ね”という状態が強制されている。「後進国」人民はこれに食糧暴動をもって応えている。
 A八○年代の日米安保は「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)にもとづく「日米共同作戦態勢」の形成という応分の軍事負担を日本がになうということに特徴づけられる。
 「日本列島を不沈空母とする」として、「四海峡封鎖」「シーレーン防衛」を決意した中曽根の決意こそ、その軍事分担を明らかにしている。
 核トマホークの「極東配備」によって太平洋の核状況は一変したが、そのトマホーク積載艦の護衛は日本自衛隊の役割とされている(公海上のトマホーク積載艦との共同演習は非核三原則にふれないという中曽根発言を見よ!)
 そして、八四年七月行政改革の帰結(帝国主義的国民統合の)であり、さらに前提をなすものとして、後藤田「危機管理」担当相が設置された。八五年を一応のめどとしてすすめられてきた行政改革のめざすものがここにあらわれてきているのである。
 戦後日本の保守支配の構造の概略は=日本株式会社と呼ばれる官民一体の垂直的な秩序形成と、財政・金融を中心とした総需要の拡大管理を通じて、行政機構と企業(社会)の癒着に基づく、中央直結−中央集権体制として形成してきた。
 そして一九七〇年代、本格的な体制危機−構造不況−自民党単独支配の動揺が深まる七〇年代後半期において、その危機突破の戦略方針として〈国家権力の反革命的強化〉と〈労使安定帯の形成〉で危機突破をはからんとしてきた。
 エネルギー危機や財政危機、そして「ソ連脅威」論などの危機論のおし出し、イデオロギーの作りあげ、戦闘的労働運動の抑圧、軍備増強、刑法改悪−保安処分の新設等の反動プログラムが八○年六月の衆参同時選挙後次々とうち出され、中でも「行政改革」断行が声高にさけばれてきた。
 日帝中曽根は「戦後史の総決算」を呼号し、レーガンやサッチャーの強権政治に連動する政治に突き進んだが、その軍備強化・戦争政策・強権政治が八三年末の総選挙における自民党の単独過半数割れという危機をむかえた。それを、新自由クラブとの連立内閣で当面の危機を回避させ、さらには、民社を含む、保守・中道連合型さえ準備し、危機を乗り切ろうとしている。
 民社や公明の中道勢力は結局のところ、日帝中曽根の「八五年体制」確立攻撃に屈服し、「中産階級国家」攻撃に屈服し、帝国主義本国に生きているが故のささやかな“小ブル的特権”を守るために“日本を守れ”と、平時には階級協調・労資協調に走り、戦時=非常時には戦争協力、排外主義・差別主義となって突撃しようとする勢力にほかならない。事実として、公然と行革推進、武器禁輸解禁、違法ストを取り締まれと叫ぶのである。社共−民同といえども、階級闘争を放棄し、国益主義・議会主義に純化しつつある。
 石橋「ニュー社会党」は、「非武装中立論」、自衛隊の「違憲・合法」論をもって安保・自衛隊を容認し、社公中軸路線へ純化するという決定的な反プロレタリア的転落をとげている。
 日共は「日本を核戦場にするな」「反トマホーク運動で安保に対する態度を問わない」とし、反安保闘争を放棄し、国益主義・排外主義・議会主義へ純化している。
 B右翼的労戦「統一」の流れは、八三年十二月十四日、「全民労協」を発足させ、行革・軍拡を積極的に支え、その下で官公労運動の解体を条件に八五年全的統一へ突き進まんとしている。
 マイクロ・エレクトロニクス(極小電子機器)革命によって引き起こされつつある事態はもはや就業構造の大規模な再編成であり、臨時、パート、委託、派遣といった雇用の非正規化が大量におし進められんとしている。
 既成の労働運動によってうちすてられている、この労働者のおかれている状況・領域こそ、質的にも量的にも今日の右翼的労戦統一の最大の弱点であり、日本労働運動の最も大きい戦略課題となっている。
 戦闘的労働者、人民のみなさん! 解放派同志諸君!
 反プロレタリア「中産階層国家」としての「八五年体制」への突撃の中で、日共の無力化や、右翼的労戦統一に賛成し、「働き度を高める」という行革・合理化推進の革マル派や、第四インターへの中核派のテロルが象徴する左右スターリニスト・人民戦線派の腐敗・破産という「左翼」勢力の危機の進行、総じて戦争とファシズムの危機の増大のなかで革命的労働者党・階級的統一戦線・共同戦線の創成が急務となっているのだ!

(三)

 解放派は、働く階級を歴史の主体たらしめるために、最も徹底した非妥協的な部分たらんとした。日本階級闘争において六〇年代初期より解放派が切り拓いた地平は確かなものであると自負もしている。
 この解放派の歴史的継承と深化のうえに、八○年代の革命的労働者党建設がなされなければならないと考えるのである。労働者、人民をとりまく情勢が、そのことをまさに問うている。
 敵ブルジョアジーの社会的基礎をゆるがし、政治的頂点を撃つプロレタリア階級闘争の前進を! 行動委員会運動−ソヴィエト運動の全国結合を! トマホーク配備阻止! 九月全斗煥来日阻止! 秋期行革決戦をはじめとする当面の階級攻防戦の勝利的展開を!
 国際反革命階級同盟粉砕、帝国主義ブルジョア政府打倒、労働者政府樹立、にむけて進撃せよ!
 戦闘的労働者人民のみなさん!.解放派同志諸君!
 結集されん! 革命的労働者党建設をめざす協議と共同行動に! 今こそ、戦闘的プロレタリアート・人民の一人一人の力を総結集させる時だ! だからこそ、全国の同志に「革命的労働者党建設をめざす解放派全国協議会(仮称)」への結集を呼びかける!
 解放派全協(仮称)はあらかじめ、一つの結論をもち、それをプロレタリアート・人民、解放派同志におしつけるものでは決してない。まさに多くの同志、仲間の模索と決起を直接結びつける交通形態の確立を呼びかけるのは、解放派自身がその出発にあたって、『解放6号』において、“天上から”でなく、“地上から”と宣言した地平に今一度帰って行わんとすべきであると考えるからである。
  一九八四年七月一日


革命的労働者党建設をめざす解放派全国協議会(仮称)の結成宣言
――全協第一回総会に結集しよう

   全協は発足した。しかし名称、組織要綱(行動方針を含む)は暫定の形をとっている。それらは第一回総会に至る過程の中で、論議を積みあげ、少くとも政治組織としての再出発にふさわしいものへと整理していかなければならない。だからこの結成宣言は、それらの作業を共にしようという呼びかけでもある。こうするのは、我々が闘う諸個人の結合としての組織性をきたえあげていこうと考えているからである。

 (一)解放派は、六〇年安保闘争の総括の中から、労働者階級の階級的独立を自らの確信として日本階級闘争の中に登場した。職場行動委員会運動を基礎とし社民内分派闘争を通して生まれた階級的青年労働者が、マルクス主義の復活と他党派批判に結びついて解放派の党派性が形成された。青年労働者と学生は労働者階級の独立をかかげて荒々しい姿をあらわしたのである。
 我々はこのことに誇りをもつ。これこそ社民やスターリニスト、新左翼諸党派を根底から批判し、ブルジョア社会の疎外された組織性を突破し、宗派を粉砕していく階級的力を示すものであったからだ。
 しかし、この解放派が、十五年後に自らの中に宗派を生み出した。このことの克服は党派性の根底的総括ぬきにはあり得ない(とりわけ七〇年代中期の反帝闘争と革マル派との党派闘争そして組織建設の路線的総括が重要である)。だがそれは総括論議で終るものではなく、現在直下の階級闘争の真只中でくり返し生み出される階級的力を結ひつけ、階級形成を推進していく格闘において真に克服していくほかはない。
 我々は労働者階級の独立をかかげた再出発をしようとしている。この課題を闘いの方針と組織建設の原則として生き生きと復活させ、革命的労働者党の建設をめざすのである。

 (二)今や日本の労働者階級は巨大な転換の過程を迎えている。
 コンピューターを駆使した制御装置を技術的基礎とする産業合理化の中で情報産業を先端に産業再編成が進行し、労働者は不安定な流動的労働と増加する失業のあらしにさらされ、激化する競争と分断、抑圧と差別の中で苦悩している。圧倒的多数の労働者が未組織労働者として使い捨ての運命を強制され、一方で帝国主義社民が先導する再編の波が組織労働者をのみこもうとしている。我々はこうした労働者階級の状態を正確にみきわめ戦略展望をもった的確な闘いを構築していかなければならない。
 政府・支配階級は、とりわけ中曽根自民党政府の登場以降、政治・経済・社会の全般にわたって「発展」の前提としてきたものの改編に手をかけ、「タブー」をかなぐり捨てて必死の攻撃を加えてきている。日米安保の軍事面の強化を推進し、日韓関係において「日韓成熟時代」をうたい、日米韓共同作戦態勢を急ピッチで構築しようとしている。同時に、基本法の改悪、とりわけ刑法改悪、労基法改悪・雇用均等法の制定等を画策し、また行政改革の名の下に「同和」事業の切り捨て、「福祉」の切り捨てを強行し、官公労労働者へ熾烈な攻撃をかけている。さらに「戦後教育の総決算」としての教育改革をテーブルにのせつつある。
 日本労働者階級は、この攻撃に立ちむかうにふさわしい態勢をいまだ形成できず苦闘の中にある。今こそ我々は、現下の基軸的な闘いの態勢を強化すると同時に、三里塚闘争をはじめとした総領域の闘いを階級的に推進し、結合させ、広大なプロレタリア統一戦線を構築していかなければならない。
 全協はその闘いの先頭に立つために結成された。そして革命的労働者党建設をめざして、その第一回総会を成功させようとしている。
 すべての同志がこの新たな出発に参加し、ともに前進することを呼びかける。

  一九八四年十月

 革命的労働者党建設をめざす解放派全国協議会